映像の価値

 

リュミエール以来の変化点なのか?

 「映像の価値」とは第2話にして仰々しいタイトルである。しかし私はここ数年映像というものの価値が急速に変化していることを感じている。リュミエール以来の出来事とさえ思っている。

 

映像が見世物だった時代

明治時代に映画が生まれた当初は画が動くということ自体が驚異であった。極端に言えば写っている内容などどうでも良かった。映像が見世物だった時代は意外に最近まで続いていた。私が子供の頃はまだテレビの普及率が低く、私はテレビを見つければ意味のわからないニュース番組でも飽きずにじっと見ていたものだった。80年代になって街のビルに巨大な映像ディスプレイが取り付けられれば、それ目当てに人が訪れたりしたものだった。

今の子供はスマートフォンで動画が再生されるのを見ても驚かない。私が子供の頃そんなものを見たら気絶していたであろう。

 

映像が娯楽の中心であった時代

エイゼンシュタイン以降映画のレベルは着実に進歩し、映像は単なる見世物ではなく立派な作品となった。戦後映画黄金時代が到来し、それがテレビへと移行し、そしてセルソフトの時代が到来した。形式は多少変わっても、映像はかなり長い間娯楽の中心であり続けた。

その理由はしごく簡単。映像ほど手軽で面白い物がなかなか生まれなかったからである。また映像は我々が観たことのない新しいものを生み続けることができた。要するに伸びしろが大きかったのである。我々はハリウッドの大作に驚き、スターウォーズショックを経験し、CGの発達を目の当たりにした。

 

セルソフトの功罪

さて、映像の価値に関する第一の大きな変化点は、間違いなくセルソフトの登場である。

ビデオやDVDが登場する前は映画やテレビの視聴は「一期一会」であった。この感覚は既に若い子の間では失われていると思う。昔の映画はロードショーが終わったら名画座(半死語)でかかるのを待つしかなく、テレビは再放送を期待するしかなかった。だから映像は容易にカルト化した。

私がまだ学生だった80年代、大阪の新世界東宝敷島という映画館で東宝特撮映画の特集上映会が開かれた。この手の上映会の嚆矢となる伝説的な上映会である。絶対上映されないと思われていた幻の特撮映画が上映されるとあって全国からファンが殺到し、入場できない者が騒動をおこし警察沙汰になった。

もちろんこの時かかった映画は今では簡単に観ることができる。レンタルショップに行けば一生かかっても観ることができない莫大な数のソフトが置いてある。簡単・便利になるのが悪いことだとは言わないが、価値が下がるのは自明のこと。レンタル料金もどんどん下がり、今や「旧作100円」である。つまり「映像の価値」は金銭的には100円になったのである。

 

CGが見せてしまった真実

さて、もう一つ映像の価値を大きく変化させたのはCGである。

昔の映画はセットを作り、衣装を作り、大勢のエキストラを使って迫力のある映像を作ったものだ。その時代の人間は、映画にはそういった「三次元の現実」が焼き付けられていると何の疑いも無く思っていた。実際は映画というのは二次元のフィルム上にある濃淡に過ぎない。しかし昔そんなことを言えば「つまらんごたくを並べやがって」と疎まれるだけだった。

ところがCGは三次元で行う全てのプロセスをすっ飛ばして直接二次元のフィルム上に「結果」を描き出してしまうのである。壮大な景色や群衆までも三次元で作業することなく描き出してしまう。CGの発達で映像作家は自分の表現したい物が描けないというもどかしさから解放された。思っていることはほぼ何でも映像にできるのである。

その結果、観客はどんなにインパクトのある映像を見ても大して驚かなくなった。「迫力のある映像」などという昔の口上は意味をなさなくなった。私が子供の頃「トランスフォーマー/リベンジ」なんか観たら気絶ものだが、今の子供は「面白かった」というだけである。

 

失った価値は戻らない

映像に限らず、失われた価値というものはまず戻らない。今映像プロダクションの多くが立ちいかなくなり、ソフトの販売店はばたばた倒れている。大きく言えば旧来の「映像を見せてお金を取る」という仕組みが行き詰まっている。

やはりこれはリュミエール以来の出来事である。

 

 

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