「シベールの日曜日」(1962 仏)のロケ地

 

ロケ地を歩くということ

 先日、仕事でパリに行く機会があったので、郊外にある「ヴィル・ダブレー」という街を訪れた。ここは「シベールの日曜日」という映画の舞台である。映画が作られたのは約50年前。ほぼ私と同世代だ。しかし私がこの作品を観たのはつい最近である。

私は生活の糧としてカメラ会社を経営しているが、映像作家のはしくれでもある。いまだに映画監督をメインの職業にしたいものだと思っているし、そうなるよう実践している。職業柄世界のいろいろな場所に行くが、定番の観光地に行こうなどとは思わない。時間があれば映画のロケ地や歴史的舞台を訪れることにしている。ヨーロッパには私を手招きしている場所があちこちにある。

さて、「シベールの日曜日」。実は私はこの映画が好きなわけではない。アカデミー外国語賞を受賞した作品だしファンも多いと聞くが、冒頭の戦争シーンのでたらめさからしてもう駄目である。(ファンにとってはこの冒頭部分はどうでもよいらしい。)女性が観るとこの映画は「ロリコン映画」に見えるようだが、主人公の少女シベールは年齢が若いだけの「女のミニチュア」であり、何ら少女性は感じられない。女は男の考えることなど何もわかっていないのだなあと思う。しかし映画に出てくる風景は典型的なヨーロッパの街であり、撮影も見事。50年後の今、その残り香があるかどうか確かめに行った。

パリに行くのなら「アメリ」のロケ地巡りでもすれば手軽なのだが、あえて誰も行かないところを目指すのが私の性。それに有名映画のロケ地情報なんかは検索すればいくらでも出てくるので、私がわざわざ書く必要もない。

 

シベール階段

この映画のキーシーンの一つに、シベールが階段(通称シベール階段)を駆け下りるシーンがある。物語の導入部が終わり本題に入って行く切り替わり点だ。階段の先にはメイン舞台となる池(通称シベール池)がある。

 

 

これが50年後のシベール階段。

 

 

ヨーロッパでは50年前の風景が残っていることなどはごく当たり前のこと。立木が変わり、車が増え、街灯が設置されたりしているが、基本は何も変わっていない。建っている家もリフォームはされているが建て直しはされていない。階段の手すりの形状まで全く同じだ。

 

 

階段の上は通りに面している。この階段は建物に続くものではなく、実は歩行者用通路なのだ。

 

 

階段を下から見上げたところ。このアングルは映画の中では出てこないが、スチル写真としてポスターやパンフレットによく使われている。

 

こんな感じ。後ろの家も当時のままだ。

 

シベール池の入り口

シベール池は東京・井の頭公園の池と同じぐらいの大きさである。石碑を通りすぎた二人は大きな木の周りを回る。

 

 

これが50年後。石碑はそのままだが大きな木は既に無く、代わりに若い木が立っている。

 

 

この石碑は映画の本筋には全く関係はないが、この場所のもう一つの価値を示す重要なモニュメントだ。正面から見るとこうである。

 

 

これは大画家コローの石碑だ。コローはかつてこの地にアトリエを持っており、シベール池やその周辺を描いた名画を多く残している。この場所に遠くからはるばる来る人はほとんどがコロー目当てだろう。「シベールの日曜日」のロケ地巡りに来た人ははこの年(2011年)私だけだったかもしれない。もちろんこの場所には「シベールの日曜日」に関する碑もなければ、案内板すら存在しない。

これはコローの絵「ヴィル・ダブレー」。シベール池の入り口を対岸から描いたものである。150年ほど前の作品だ。

 

 

 これが現在の風景。

 

 

シベール階段付近にある建物が絵の通りであることに注目。50年どころか150年変わっていないのだ。おそらくシベール階段も150年前からあったのだろう。ヨーロッパおそるべしである。

 

 

しかしコローも自分の描いている絵の真ん中あたりに自分の石碑が立つとは考えなかっただろう。

 

シベール島

シベール池や周辺の建物は変化しなくても、岸の木々は成長したり切られたりするわけで、映画に登場するものは残っていないと考えるのが自然。シベールが「私のもの」と言った木があったのはこの画面の右奥あたり。写っている木のどれかなのか、あるいはとっくに無くなったのか。

 

 

さて、劇中シベールが丸太橋を渡って10メートルほどの大きさの小島(通称シベール島)に移るシーンがある。

 

 

私はこの島がまだあるとは思わなかった。おそらくこれだろう。池の入り口から一番遠い場所にある。シベール池にはこれ以外の小島は存在しない。

 

 

映画で見る限りは自然に出来た島かと思っていたが、実物を見ると周囲が石垣で出来ているので、人工的に作られたものだった。何のために作ったのかは不明である。今では渡る手段もない。

 

シベール駅

冒頭、シベールが父親と共に駅(通称シベール駅)に降り立つシーン。いきなり長回しでとても映画っぽいカットだ。この駅は駅舎が建て直されずに残っており、駅の周りも当時の面影をよく残している。

 

 

これがシベールとピエールが出会った場所。奥の人が立っているところにあるベンチにピエールが座っていた。もちろんベンチはリニューアルされている。

 

 

この後、映画ではシベールたちはドアを開けて駅舎に入るのだが、50年後の今はご覧のように駅舎へのドアは鉄格子で塞がれてしまっている。

 

 

駅舎内部

かつての駅舎内部。画面左側が出入り口。正面が切符の発券カウンター、右側の扉が改札でホーム(パリ行き上り方面)に出ることができる。日本の小規模な駅舎と同様の構造であった。

 

 

今の駅舎はホームへの扉が塞がれており、そこに発券カウンターが置かれている。ホームには駅舎の脇から自由に出入りできる。ヨーロッパの駅はホームに自由に出入りできるところがほとんどなので、この駅もそのスタイルに変えたのだろう。

 

 

駅舎出入り口

駅前に木が植えられ、駅舎には雨よけのため青いひさしが追加されたが、面影は良く残っている。

 

 

駅裏口への坂と歩道橋

ピエールとマドレーヌが歩いた駅に続く坂。ここは駅舎の線路をはさんだ反対側にある裏口である。

 

 

50年後。ほとんど変わっていない。

 

 

かつては線路の向こう側に渡るための歩道橋があった。駅舎に行くにはこの歩道橋を渡る必要があった。実に趣のあるデザインでぜひ見てみたいと思っていたのだが、

 

 

50年後の今、歩道橋はトンネルに変わっていた。何か日本的な風景。せっかくだからもっとヨーロッパっぽいデザインにしてほしかったと思うのは、歩道橋というおもちゃを取り上げられた大きな子供が駄々をこねているだけか。

 

 

星のかけら

シベールにピエールが「星のかけら」を渡そうとするシーン。駅舎を出てすぐのところにあるカフェの前である。

 

 

カフェは薬局に変わったが、建物は当時のまま。この右手に駅舎がある。

 

 

そしてシベール達は左手に去って行くが、

 

 

彼らが消えていった風景は50年後も変わっていなかった。あきれるほどに。

 

 

シベール坂

父親に連れられたシベールが修道院に続く坂(通称シベール坂)を上って行く。ピエールが後をつける。途中銅像のようなものの前を通過するのだが、

 

 

これがその場所である。実際は駅の方向とシベール達が歩いてきた方向は一致しない。駅はこの銅像の裏手にある。

 

 

この街には無いロケ地

「シベールの日曜日」は創作なので、すべてのシーンが本当にこの街「ヴィル・ダブレー」で撮られているわけではない。

ヴィル・ダブレーはパリ郊外の住宅地である。50年前に今より都市化していたとは考えられない。よって風見鶏を盗む教会やその周辺の賑やかな通りはこの街で撮られたものではなく、どこかもっと大きな街で撮られたと考えるべきである。マドレーヌが電話をかける酒場が「セーブル通り22番」にあると劇中で語られる。

 

 

実際にヴィル・ダブレーにはセーブル通りがあるのだが、

 

 

22番にあるのはこんな建物。人通りも少ない場所だ。

 

 

修道院やピエールのアパートなどもロケ地はこの街にはないだろう。ここヴィル・ダブレーがロケ地に選ばれたのはあくまでもシベール池を舞台に使いたかったから。それ以外は付随的に特徴ある風景が使われただけである。

ちなみにこの映画の原題は「ヴィル・ダブレーの日曜日」。邦題は、映画の最後で明かされる秘密の名前「シベール」を使っており、最低のネタバレである。がさつ極まりない。

 

私にとっての博物館

50年前の映画のロケ地、それも特に保存されていない場所をふらっと訪れてこれだけの物に出会えることはめったにない。こんなことがあるからまた懲りずに出かけて行こうとするのである。

映画のロケ地は私にとっての博物館。興味が無い何千年も前の遺物を見るよりは、知っている映画の風景の中を歩く方がずっと楽しい。

 

 

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