「1984」(1984 英)の謎解き

 

誰も知らない映画

世の中には誰も知らないようなマイナーな映画がある。それが自分のお気に入りだと自分だけのもののような気がして愛着一入である。「1984」は私にとってそんな映画。原作はジョージ・オーウェル。彼もこの作品も、世界の文学史上最も有名な部類である。1948年に1984年の未来を描いたSF作品だが、1984年はもう四半世紀前になってしまった。

戦後まもなく白黒映画として映画化されているのだが、1984年に再映画化しようという企画が実現しこの映画が生まれた。かなり大作で、ジョン・ハートが主演だったりリチャード・バートンの遺作だったりするのだが、日本では文化映画扱いのマイナー興業。当時私は兵庫県に住んでいたのだが、関西では大阪・難波での単館上映のみで神戸ですら上映されなかった。私はわざわざ電車で2時間かけて観に行った。関東での公開状況は知らないが、日本中を合わせても観た人の数は微々たるものだったであろう。

 

サントラの謎

私はこの映画、特に音楽が大変気に入りサントラを購入した。CDではなくLPである(当時音楽媒体はCDへの過渡期)。ところが映画で使用された楽曲はほとんど入っておらず、聞き覚えがあるのはエンドロールで流れたポップスっぽいイメージ音楽のみであった。一番聞きたかった全体主義を彷彿させる数々の楽曲は全く入っていなかったのである。ただがっかりであった。しかし当時は今のような情報化社会ではないのでこんなサントラが発売された理由を知る由もなく、四半世紀が経ってしまった。

 

映画公開時に出たサントラ(らしきもの)

 

さて、インターネットが発達した今では、ふと思い出した昔のことが恐ろしく詳細に判明することが良くある。誰も知らないマイナーな映画でも題名で検索するとキャストやスタッフはすぐ判明するし、そのキャストやスタッフの経歴も芋づる的にわかってしまう。「映画の生き字引」なんていう人が必要なくなったある意味寂しい社会だ。「1984」について少し調べてみたら、四半世紀燻っていた謎はあっという間に解けてしまった。

まず、この「1984」は1996年に日本でVHSソフト化している。こんなマイナーな映画を公開から10年以上経ってソフト化したのはかなりの珍事。売れなかったことは容易に想像できる。改めてチェックしてみたが、このVHSバージョンは私が劇場で観たものとほぼ同じと思われる。音楽は Dominic Muldowney と Eurythmics が共同で製作したとクレジットされている。

 

公開12年後に発売されたVHSソフト

 

この Eurythmics が問題だったのだ。

Eurythmics は当時大人気だったイギリスのポップスグループである。率直に言って、彼らの音楽はこの映画にそぐわない。(私以外の多くの人もそう思うだろう。)実際この映画に必要な音楽は Dominic Muldowney が総て書き上げて、録音も終わっていた。ところが、製作会社(当時あったVirgin Films)の意向で、監督の意に反して所々に無理矢理 Eurythmics の音楽がねじ込まれてしまったのだ。監督 Michael Radford は映画祭の授賞式でこのことに対する不満を公然と口にする始末。要するにケチのついた映画なのである。

そして1999年、何と映画の公開から15年も経ってから「本物の」サントラCDが発売された。これは総て Dominic Muldowney が書いた曲である。要するに、本来使われるはずだった曲を収録したサントラである。こんな怨念のようなCDが出たという事実が確執を物語っている。私がこのCDの存在に気付くにはそれから更に13年の月日が必要だった。情報化社会の恩恵である。もちろん日本未発売のCDであるが、これが外国から簡単に取り寄せることができるのもまた情報化社会の恩恵。まさしくこのサントラCDは私が欲しかった内容であった。

 

Dominic Muldowney 音楽の「本物の」サントラCD

 

更に、この「1984」は2003年にMGMからDVDが出ている(当然日本では未発売)。特筆すべきはこのDVDバージョンは Dominic Muldowney の楽曲のみを使用した「正規バージョン」だということである。劇場公開から実に20年近く経って、初めて本来の「1984」が現れたのだ。このDVDはすぐ絶版になり、再版されていないので希少盤になっている。私は運良く手に入れることができたが、音楽に関する違和感が見事に解消された非常に完成度が高い作品になっていた。音楽に関するクレジットがそのまま(Dominic Muldowney と Eurythmics の共同)になっているのはご愛嬌。このDVDでは Eurythmics の曲は全く使われていない。

 

Dominic Muldowney 音楽版の「1984」DVDソフト

 

まだ幸せな方かもしれない

自主映画ではいざ知らず、商業映画はその名の通り「商業」として作られる物だ。一番立場が強いのは製作にお金を出す人であり、製作者がどの程度自由に作れるかはその時の製作体制に依存する。監督の意図通りに進まないことなどむしろ当たり前のことであり、例をあげるのもばかばかしい。

この映画はまだ幸せな方かもしれない。監督 Michael Radford の意図した作品を、少なくとも私は観ることができた。Michael Radford は60代でご存命の様子。私はあなたの作品を観ましたよ。四半世紀かかりましたけどね。

 

 

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