奇跡のマルチメータ、AU-32

 

計器は少年の夢

マルチメータというのは電圧や抵抗等を測るための計器(測定器)である。マルチテスタとも言う。

概して少年は計器好きである。乗り物好き、SF好き、ロボット好きなどの傾向は計器好きと密接な関係があると私は思っている。コクピットに計器がなければ乗り物に魅力はない。松本零士の生み出すビジュアルはこのフェティシズムを可視化したものである。

マルチメータは少年が最初に触れる計器ではないだろうか。私はこれを「美しい」と思ってしまったがために長じてこのような仕事に就いている。(あとは真田さんの影響だね。小学生の時観た「宇宙戦艦ヤマト」の。)

さて、私が子供の頃は世の中がまだデジタル化していなかった。マルチメータはこういう姿をしていた。

 

針式(アナログ)マルチメータ

 

この針の動きを読み取って電圧などを測っていたのだ。その後この分野にもご多分に漏れずデジタル化の波が押し寄せ、今ではこんな姿に様変わりしてしまった。「デジタルマルチメータ」である。

 

デジタルマルチメータ

 

デジタルマルチメータが登場したのは70年代末である。当初は高価だったが、他のデジタル機器と同様に低価格化が進み、今では数千円出せば申し分のない性能のものが買える。

それでは従来の針式(アナログ)マルチメータがどうなったのかと言えば、2014年の現在でもまだ新品が存在し普通に購入できる。ただ「針式に何か利点があるのか」と聞かれれば私は答えられない。読取り精度や安定性等ほぼ全ての面でデジタルマルチメータに太刀打ちできないのだ。電池が不要(但し抵抗等の測定には必要)という特徴はあるが、日本の街中で使う限り利点にはならない。「針式の方が使い慣れている」という人はいるだろうが、私は同意できない。私だって昔は針式を使っていたのだ。

針式マルチメータで電圧を測ると小数点以下1桁を読むのがやっとである。現代の電子回路開発などには全く役不足なのだ。少し専門的になるが入力インピーダンスが低いことも致命的。測定電圧を利用して針を動かすので、測定する対象(ターゲット)に影響を与えてしまう(注1)。微弱な電流で動いている現代の電子回路に対して針式マルチメータを使えないのだ。

価格が安いとも言えなくなった今、針式マルチメータは既に「無くても困らない存在」である。電気工事でおおまかな電圧を測るとか、電池の電圧を測るとか、そういう用途ではまだ活躍の場は残っているが、「針式じゃなければ困る」というシチュエーションは見つけられない。

現代の針式マルチメータは、例えれば電卓時代のそろばんのようなものである。

 

針式マルチメータの作法

針式マルチメータを使うにはいくつかの作法が必要である。

 

1) 直流測定は極性に注意

直流(電圧・電流)を測定する場合、正負(+-)の極性を間違えると針が逆側に振れる。最悪の場合メータが壊れる。デジタルマルチメータなら極性を間違えても表示された値に-が付くだけなので何ら問題は起こらない。

2) 測定レンジを正しく設定する

例えば測定レンジを2.5V(0V~2.5Vの範囲が測定できる)に設定した場合、2.5V以上の電圧を測定すれば針が振り切れる。最悪の場合メータが壊れる。測定レンジの設定はデジタルマルチメータでも必要なのだが、中級以上の機種では「オートレンジ」と称する自動設定機能がついているものが多い。

3) 抵抗測定は0Ω調整を行ってから

抵抗測定では針は内蔵電池で直接駆動される。電池の電圧が変化すれば値が狂うし、測定レンジを切り替えた場合も狂う。だから測定前に測定端子同士をショートさせ0Ω調整を行うという「儀式」が必要である。

 

デジタルマルチメータはこのような作法は必要なく、表示される数字をただ読み取れば良い。

 

孤高の存在、AU-32

マルチメータの世界にも一流メーカーがある。米国ならFLUKE、日本ならSANWAが格上だと思うのは単に私の主観だろうか。(他メーカーの方、済みません。)AU-32はそのSANWAが作り出した他に例がない、おそらく今後どこも追従しないであろう孤高の針式マルチメータである。

 

AU-32  さすが一流メーカー製、佇まいは良い。

 

AU-32は針式マルチメータであるが、先ほど述べた作法

1) 直流測定は極性に注意
2) 測定レンジを正しく設定する
3) 抵抗測定は0Ω調整を行ってから

が全て不要である。極性を間違えても常に針は正常な方向に振る。オートレンジ機能付きである。0Ω調整は不要と明記してあり、実際調整ダイヤルはない。

 

空前のエキセントリックさだ。

 

 

レンジ(RANGE)や極性(POLARITY)はLEDで表示される。

 

いきなり種明かし

もったいぶらずにAU-32の正体を明かそう。簡単に言えば

 

これは針式のデジタルマルチメータだ。

 

つまり中身はまるっきりデジタルマルチメータで、測定結果は内部のデジタル回路で求める。それをわざわざアナログ電圧に変換し、針を駆動して表示しているのである。

 

空前の変態構造である。

 

だからAU-32の操作方法が普通の針式マルチメータの作法に従わないのは当然のこと。AU-32は電池を入れなければ電圧すら測れない。入力インピーダンスも極めて大きいのだが、これらも正体がデジタルマルチメータだと考えれば当然のことである。最大の疑問点はこれである。

 

何でこんなものを作ったんだ?

 

用途の見えない製品

工業製品には「何でこんなものを作ったんだ」と思わざるを得ない珍品がしばしば現れる。会社(メーカー)は組織で動く。誰かが妙なアイデアを出し、その人間が会社内で力があれば製品となって世に出てしまう。カメラ業界でもそんな例は枚挙にいとまがない。

さて、AU-32である。このマルチメータの最大の特徴は、デジタル的に精度良く測定した値をわざわざ針で「精度を落として」表示するという点である。針表示にすることで精度は軽く1桁落ちる。測定器の目的は値を正確に精度良く測ることだ。その原則にAU-32は完全に逆らっている。

 

むしろ従来型の方が・・・・・

AU-32が従来の針式マルチメータに比べて良い部分があるのなら「技術革新の産物」と褒めることができる。しかしどう考えても従来型の方が良いのだ。

まず重くて大きい。電池なしでも300g近くある。しかも使用電池は単4 x 4本である。針式マルチメータはシンプルで軽く、電圧や電流の測定なら電池さえいらないというのが美点なのだが、AU-32はデジタルマルチメータにさえ劣るのだ。

次に極性自動設定。これが便利だと思うのは針式マルチメータを使ったことがない人だ。確かに従来型だと極性が逆だと針が逆方向に振れる。だがそもそも技術者は極性を間違えない。そのために測定端子は赤黒に色分けされているのだ。何度も極性を間違えるような人は残念だが技術者以外に転職すべきだ。仮にうっかり極性を間違えたとしよう。そうすると従来型なら針がおかしな方向に振れるので「あっ、間違えた」とすぐわかる。AU-32では極性が逆であることを示す小さなLEDが点くだけなので、間違えても気づかない。そのまま測定できてしまうのだが、測定端子の赤黒が逆で測定するなどという気持ち悪いことを私はやりたくない。

オートレンジという機能も気分を逆なでする。デジタルマルチメータの場合、表示される数字の小数点位置や単位がちゃんと変化するのでオートレンジは「アリ」である。しかし針式の場合は変化するのは針の位置だけ。どの目盛りをどう読み取るかは今どの測定レンジに設定してあるかを把握しなければならない。従来の針式ではまず測定レンジ切り替えダイアルを「ガリガリっと」回して設定するのだが、この儀式が目盛りを読むための準備を兼ねているのだ。AU-32での測定を想像して欲しい。まず「びょーんと」針が振れるのだが、その段階では測定レンジが不明なので目盛りが読めないのだ。一旦測定レンジを小さなLEDで確認してから目盛りを読まなければならない。

従来の針式マルチメータはシンプルな構造であるが故にユーザーにある作法が求められる。しかしわかってしまえばその所作が優美に感じられたりするのだ。抵抗測定前の0Ω調整など茶道の所作に通じると思うのは私だけだろうか。(同意したあなたは世間的には外れ者です。)AU-32は全ての「粋」を無にする存在だ。

 

ただの珍品

SANWAは超一流の測定器メーカーで、マルチメータは針式の時代から数多く作っている。何か新しいことにトライしたかったという気持ちは察することができるし、デジタル全盛の時代にこんなものを開発したのは針式に対するこだわりや愛情に基づいているのだろう。

しかしAU-32は針式マルチメータ愛好家の心をつかむことはなかった。話題になっていないことは今時Web検索すればすぐわかる。

私はAU--32を数年前に購入した。無類の「あだ花」好きなので。あだ花かと思いきやただの珍品だったので、実用に使われることは一度も無かった。

 

 

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注1: 昔の電気関連書籍にはこういった「測定テクニック」を解説したものが多数あった。電圧を正しく測るためにも知識やテクニックが必要で、読み取った値を計算して修正する必要があったのだ。