いつか見たSORA (東芝デジカメの記憶) (1)

偶然だけど時事的な話題

このコラムは世界の果てにあるカメラの話をする場なので、現在活動している会社の内容やその製品については基本的に書かないこととしている。ましてや時事的な話題に乗っかった話題などはまず扱わない。

さて、東芝の話である。2017年初頭の今、不適正な決算や巨額赤字等で東芝がニュースに登場しない日はない。だから東芝の話なんかはしませんよ。あくまで「東芝が昔作ったデジカメ」の話です。まあ言っていることの中に何が垣間見えるかは読者の方々のことなので私は与り知りませんが。

 

 

今回のネタ・東芝「SORA」

 

 

世界初のデジカメは東芝が開発した?

私が学校を出てカメラ技術者になったのはまだ80年代、ちょうど昭和が平成に変わるころだった。京セラの東京中央研究所というところに配属になった私は、将来世の中に現れるであろうデジカメというものを研究・開発せよと命じられた。今考えるといきなりこんな夢のある仕事が与えられたということは本当に幸運だった。

さて、今の子は物心がついた頃からデジカメにしか触れていないので、デジカメが誕生する以前の事を説明する必要がある。民生品(一般製品)としてのデジカメ第一号は1995年に発売されたカシオQV-10ということになっている。(異論はあるかもしれないが総合的に考えて間違ってはいないと思う。)QV-10は当時主流だったフィルムカメラと比較して全面的に劣っていたが、ちょうどWindows95がリリースされた頃だったのでパソコンマニアや新しもの好きの人はけっこう手を出したものだった。

それから5年間の変化がすさまじかった。デジカメは急速に進化し、21世紀になった頃には十分フィルムカメラに対抗できる製品になっていた。ITの普及がそのムーブメントに拍車をかけた。電子映像に対して親和性が低いフィルムカメラシステムはあっというまに消えていった。

さて、デジカメは急に市場に現れたわけではない。そのずっと前から各カメラ・電器メーカーはデジカメを開発すべく基礎研究を続けていた。富士フィルムのWebサイトには世界初の量産デジカメは1989年に発売されたFUJIX DS-Xだとある。(これも異論はあるかもしれないが総合的に考えて間違ってはいないと思う。)

 

 

 

FUJIX DS-Xは「初の量産デジカメ」と言ってももちろんカメラ店で普通に販売されたようなものではない。何しろ価格は300万円であった。一般に売られてもいないものの価格をなぜ私が知っているかと言えば、その時点で当事者(デジカメを開発している側の人間)だったからだ。300万と言っても開発にはとてつもない費用がかかっているので回収などできない。「ほら、デジカメって本当に作ることができるんだよ」という世の中へのアピールだったと考えて良い。この時は丁度バブル期であり企業はお金を持っていてこういう夢のある開発をする余裕があった。

さて、ここからは本当に誰も知らない話。FUJIX DS-Xには東芝製の双子機種が存在した。(製品名・型番は失念。さすがにWeb検索しても出てこなかった。)理由は当時の技術的背景から読み取れる。富士フィルムは今に至っても常に将来のイメージングを研究している会社だが、この時代の本業はフィルム(化学・ケミカル)屋さんであり、こんな最先端の電子機器を単独で開発できるはずはなかった。そこで東芝と共同開発したのだ。だから世界初の量産デジカメは東芝製だったとも言えるわけである。

 

 

東芝版 DS-X(型番失念)

 

 

「総合家電メーカー」という幻想

戦後昭和期は日本の家電メーカーが着々と力をつけ大企業化し世界の家電業界を席巻していった。 それは平成の初め頃(つまりバブル経済が終わる頃)まで続いた。

その頃は「総合家電メーカー」という言葉をよく聞いた。大企業はどんなジャンルの製品も作って販売することを誇りに思っていたのだ。松下(パナソニック)も日立も東芝もシャープも三洋も、冷蔵庫・洗濯機・エアコン・オーディオ・テレビと何でも作って製品ラインナップに揃えていた。街には各メーカーの「系列店」があり、そこに行けば大抵の家電品が揃った。「SONYってお店も少ないし、洗濯機とか作ってないから総合家電メーカーとは言えないよね」などと本当に言われていた時代。

この「総合家電メーカー」という考え方はかなり無理がある。本来ならば自分の会社の得意分野に集中して商売をすることが健全なわけだが、大メーカー達は皆同じジャンルの製品を作り電気屋に並べていたわけだ。バブルの頃までは日本の家電メーカーの力が世界の他のメーカーと比べて突出していたのでそんな商売も成立したが、今の世の中では成り立たないのは誰が考えてもわかる。

更に日立・東芝・三菱などは純然たる家電メーカーとは言えず、重電(発電所や鉄道車両のような大規模な電気製品のこと)メーカーの一部が家電製品を作っているという形態なので、「家電なら何でも作って揃える」というのはどだい無理である。ビデオデッキやビデオカメラなどは松下(パナソニック)やSONYがメジャーであり、日立や東芝はマイナーメーカーに過ぎない。会社全体が大きくてもその中の小さな部門が製品を開発・製造しているわけだからメジャーメーカーに対して勝ち目はない。

この「総合家電メーカー」という幻想に疑問を持たなかった筆頭が東芝であったと思う。オーディオ華やかかりしころはAurexブランドで展開し、ビデオデッキが登場すれば自社で開発・製造し、ビデオカメラが登場すればそれも自社で開発・製造した。結果これらすべてがマイナー製品となり、事業は先細りになり大部分は消えていった。

さてデジカメの話。上述のように東芝はいち早くデジカメに手を出し、Allegrettoというブランドで商品展開したのだが、いつもの如く消費者にとって魅力的な製品群であったとは言い難く、事業は先細って消えてしまった。私のようにカメラメーカーにいた人間から見ると、カメラとしての魅力があるレベルには最後まで達しなかったように思う。(私見ですよ。)

 

 

Allegretto M81(2001年)

 

 

 

Allegretto M700(2003年) 東芝デジカメ最後期の製品

 

 

 

 

本稿未完

 

 

 

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