M532というあだ花

最後のコダックカメラ

かつてのフィルム界の巨人、米コダック社が倒産した。もちろん感慨深いものはあるが、意外性は全く無い。最近のコダック製品といえば、量販店の店頭ワゴンに使い捨てカメラやコダカラー100フィルムが破格値で売られているのを見るぐらい。コダックの名前が付いた単三アルカリ電池が4本100円で売られているのを見るに至っては、行く末は明らかだった。

今回の話はM532というデジタルカメラ。発売されたのが2011年なので、結果としてコダック最後のカメラということになった。

 

 

魅惑の機能「フィルム効果モード」

M532はアメリカ市場によくある「エントリー商品」というジャンル。カメラにそれほどこだわりがない人が買うものだ。余談だが日本市場ではエントリー商品はただの安物と判断されてしまう。だからコダックやGEなどは安物メーカーとしか認知されない。

エントリー商品であるが故にM532は実販価格は極めて安く、10,000円以下である。その割には質感が良く機能も十分。レンズも広角側が28mmで、普段使いのカメラとして大きな欠点のないカメラだ。しかしここで私がわざわざM532について語るのにはもちろん特別な理由がある。「フィルム効果モード」という魅惑の機能があるためである。これは過去のコダックフィルムで撮ったような画像が得られるモード。設定できるフィルムは、コダカラー、エクタクローム、コダクローム、T-Max、Tri-Xである。昔を知る者ならこれらの名前を聞くだけでうきうきする。

 

これが「フィルム効果モード」の設定画面

 

百聞は一見にしかず。標準のオートモードと各フィルム効果モードを撮り比べてみよう。まずはカラーで。

 

 
 
オートモード
フィルム効果モード「コダカラー」
 
 
フィルム効果モード「エクタクローム」
フィルム効果モード「コダクローム」

 

あきれるほど「それらしい画」である。各フィルムに対するイメージ、例えばエクタクロームは派手に発色し、コダクロームはコントラストが強く色が濃いめであるなどという特徴を見事に再現している。「本当にフィルムの特性通りなの?」というのは野暮な話。納得できれば良いのだ。もっとも「コダカラー」は少しやりすぎな感もある。これでは色があせたコダカラープリントだ。

さて、ここまでは想定内。期待した通りの結果が得られて満足といったところである。ところが私は想定外のことに気付いた。下の画像はオートモードと「コダクローム」設定の画像を等倍に切り出して比較したものである。

 

 
 
オートモード
フィルム効果モード「コダクローム」
 
 

オートモード

フィルム効果モード「コダクローム」

 

「フィルム効果モード」では、あたかもフィルムで撮ったような粒子が現れるのだ。つまりフィルムの発色やコントラストを再現しているだけではなく、粒状感も再現している。カラーでは「コダクローム」設定、白黒では「Tri-X」設定で粒子が多く現れるので、間違いなく意図的に作り出している。これには驚いた。しかも粒子の再現性は見事で、誰もがフィルムをスキャンした画像だとだまされる出来である。

以下の作例は「コダクローム」設定で撮ったもの。このフィルム感をご覧頂きたい。

 

 
 
等倍に切り出した画像

 

 
 
等倍に切り出した画像(左下隅と中央)

 

もう一つ特記すべきはこのカメラのレンズが実に優秀であること。開放F値がなぜかカタログ上に公開されていないが、Exifデータを信用するならF3.2である。上の画像は開放で撮ったものだが、中央から隅まで実に良好な画像である。1万円程度のエントリーカメラはレンズがひどい物も多いが、このカメラは出色である。デジタル一眼で撮ったと言っても通るぐらいの画質だ。

 

「あだ花」と言えばそれまで

M532は存在さえあまり知られていないカメラだ。まずコダックのデジカメ自体が全く知られていない。コダックはデジカメの黎明期から製品を作り続けているが、性能・デザインの両面で魅力があったとは言いがたく、21世紀に入って日本市場から一旦撤退した。2004年頃再参入したのだがやはりぱっとせず、最近は量販店でも見かけなくなった。悪くいえば相手にされていない状態。

そしてコダックのデジカメに「フィルム効果モード」が付けられたのはようやく2011年になってから。はっきり言おう。今さらコダカラーやコダクロームという名前を持ち出したところで反応するのは私のようなロートルだけである。若い子なんかフィルムを使ったことすらない。10年前にこの機能があれば話題になったであろうが、企画としては遅すぎである。翌2012年初めには米コダック社は倒産し、続いて(再建したとしても)デジカメ事業から撤退することが発表された。

最後に現れたM532が魅力的なカメラだったというのはまさに「あだ花」。けど私のような「あだ花好き」にとっては久しぶりに現れた名機である。

 

愛すべきトイカメラ

「デジカメの画質をフィルム調にするなんて、画像処理ソフトを使えば簡単にできるでしょ?」というのは正論。事実、携帯電話のアプリにすらそんなものはいくつもある。M532の魅力は、カメラに「Kodak」と書いてあることと、撮影モードに「コダカラー」や「コダクローム」が堂々と表示されていることである。気分重視の楽しみ方があっても良い。

このカメラを「トイカメラ」と言うのは失礼かもしれない。主力製品として開発されており、完成度も極めて高い。何しろブランドは天下の(天下だった?)コダックである。けど私は敢えて愛すべきトイカメラと呼ぶことにする。私に小さな楽しさを与えてくれたという意味での「トイ」だ。世の中のは身なりがりっぱで何ら面白みがない製品は沢山ある。

 

 

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